吉川健一がダ〜ラダラ、ぷっくぷくしてるブログ
ブラジルどうだったか日記その2
もう9月になって学校の仕事も始まり、そろそろ頑固に貫いてきた、意味の無い投稿拒否をやめようと思います。
残っていた2日目以降どうだったか?
2日目は、今回の旅で最も期待していた、イグアスへ移動。ここでは5星のホテル内で地元の人へのコンサートが予定されていました。最初のコンサート!
でもその前に、世界最大の水量を誇るイグアスの滝見学。
イグアス国立公園イグアスの滝
気温はサンパオロが暖冬の30度に比べ、0度近い寒さ。ここで全ての長袖、革のジャケット&マフラーが大活躍。一枚目の写真はイグアス国立公園入り口で撮ったもので、2枚目が滝。
あいにくの曇り空だったが、滝のすぐ手前まで遊歩道があり、間近で見る世界最大の滝は感動的だった。
ここの場所は、ブラジル&パラグアイ&アルゼンチン3国にまたがっており、それぞれの国側から見るイグアスはそれぞれ違った側面を見せてくれるらしい。次回は3国全てのイグアスを晴れている日に見たいものだと思って、ホテル帰り、コンサートの準備。
ここでは、地元のピアニストが伴奏者、初めて触れる日本の音楽と格闘しながら、お母さんが左手で、子供が右手を担当するなど駆使しながら、何とかコンサートをこなした。でもまだ飛行機の疲れが取れないのを良く覚えている。
それからはマリンガでも、地元の歌劇場で日本の歌公演。
着物
ここではじめて着物の出番となった。まぁブラジルというのは便利な国で、日本人がいっぱい住んでいるおかげで、着物の着付けも、誰かがすぐに助けてくれる。日本よりも日本的な皆さんである。
ここでのコンサートも大成功だった。ここでの伴奏者も地元のブラジル人。
日本の短調な曲想が理解できないらしく、気を抜くと荒城の月が長調になったりするし、「千の風になって」の伴奏がサンバ調になったりするいかにもブラジル人といった人と音楽を通じてのコミュニケーションが、一番の思い出になっている。
その後は、クリチーバという町で、ブラジルの国会議員を35年も務めた、本当に心優しいアントニオ上野氏にお会いし、お食事会。
ブラジルでは本当に敬老心が根付いていて、スーパーのレジも60歳以上用のカウンターが必ずあり、お年寄りを労わる気持ちに感服した。
その後はまたサンパウロに戻ってきて、日本人文化協会でのコンサート。お客さんが日本人だけで1500人近く来場して、熱気ムンムンの中、コンサートを行い、帰り際は多くの日系人の方々からあつ〜〜〜い抱擁を求められた。でも本当にここまで来て良かったと実感した瞬間でもあった。
その他、老人ホームへの慰問コンサートや環アメリカ日系人大会で君が代や日本の歌を披露など色々お仕事を無事?では無かったが終了。まぁ悪いことは書かないし、忘れよう!!!
仕事が終われば、後はリオ・デ・ジャネイロ観光。
blank">リオのクリストの像コパカバーナ
この街は、海を山を満喫できる大自然に囲まれた街であった。
よくTVなどで目にしていたのが一枚目のクリストの像。丘の頂にそびえるこの像は、いつも街を見渡しているのである。
その丘はコルドバードの丘というのだが、そこからの景色は、僕が今までいろんな世界で見てきた景色よりも比べ物にならないくらい感動した景色であった。
それともう一枚が有名なコパカバーナビーチ。冬の為ビキニ姿の美女はいなかったが、白い砂浜がなんとも美しかった。
ただこの街治安があまり良くない。
貧富の差が激しいブラジルでは、よくスラム街を目にする。ここリオも山の中腹はほとんどスラム街になっており。そこではマフィアの巣窟にもなっているらしい。僕もこの旅で初めて銃声を聞いたほどである。
リオから楽しくサンパオロに帰ってきた4時間後、7月に起きたサンパオロの空港の飛行機事故。ちょうど僕たちも同じ飛行機会社、同じ空港に4時間前に居合わせたのである。もしあれがもう少し遅かったら・・・あ〜恐ろしい。
何はともあれサンパウロに帰ってきて市場に行き、
ピラニア
ピラニアを見、夜はブラジル名物シュラスコ。
シュラスコ
本当にブラジルを満喫した旅だった。
今回、お世話になった日本会議の小森さん、安江さん、村崎さんの他にも、本当に多くの皆さんに大変お世話になったことを感謝いたします。
そしてこれからも、地球の反対側に、ここ日本と同じ社会を持つ日本人が、日本の魂を持って生活しているんだということを、日本の皆に伝えながら、僕もこれからもっと真の人間として成長していきたいと思います。
皆さんのことは一生忘れません。皆さんお元気で!おわり
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ブラジルどうだったか日記その1
まだ記憶があるうちに、「ブラジルどうだったか日記」を綴ろうと思う。
そもそも、どうしてこのブラジル行きが決まったかというと、いつもお世話になっているテノールのGさんが、ブラジルに行ける男声を探している人がいると、お話を下さったのだ。
その探している人こそ、今回お世話になった日本会議という日本の心を守っていこうとしている団体(日本の政治家、経済界の著名人などが名を連ねている)のMさん(実名は基本的に載せないようにしています。)である。
そこでもう一人メゾを探していると言うことだったので、12月神奈川で一緒にライヒャを歌ったH・S氏を推薦して一緒にいくことになった。

出発前の準備として、コンサートの曲目の日本歌曲を用意しなければならなかったし、それらを着物を着て歌うということになったので、これもまた用意しなければならなかった。僕たち日本人の歌手が、着物を着て日本歌曲を歌うなど当たり前の話に思われるが、お恥ずかしい話、人生で二回目の経験だった。一回目は友達に着物を借りてほんの数曲歌っただけだったので、今回は着付け以前に、着物も調達しなければならなかった。
結局インターネットで中古の着物と帯を購入することができ、着物を試着してみると、気が引き締まって凛とする感じがする。
それから準備しなければならないものは、ビザ。ブラジルに行くにはビザが必要なのだ。これは旅行会社の人がやってくれたので難なくクリアー。
一番頭を痛めたのが、持って行く服。北半球日本の真夏7月は、南半球ブラジルの真冬。やはり寒いのか?それともブラジルだから暑いのか?色々入手する情報も様々・・・結局、革のジャケット、セーター、長袖シャツ、ポロシャツ、Tシャツ・・・オールシーズン用に持っていた。(結局全ての服が必要だった)

ブラジルその0
さて用意もでき出発!今回は、D航空を使ってのアメリカ・アトランタ経由サン・パオロ行き。アトランタまで14時間、アトランタで4時間待ってサン・パオロまで9時間。計30時間近くの長旅だ。席はエコノミー。エコノミークラス症候群が、真に怖かった。D航空の印象は、あんまり大きな声では言えないが、最悪。食事も不味過ぎて食べれたものではなかった。席も満席、映画もつまらないものしかなく、快適な空の旅とはかけ離れたものだった。しかし30時間経ってしまえば、過去のこと。時間は必ず来るのである。到着してからが、超ハードスケジュールの始まりだった。
サン・パオロの空港には日系人の方々が十数名お出迎えして下さっており、花束をもらって記念撮影。
ブラジルその1
ブラジルの第一印象。暖かい!
たまたま降り立ったサン・パオロは珍しく暖冬で、僕たちが到着した日は30℃近くもあった。これには地元の人たちも驚いていたが、僕たちとしては、日本とあまり変わらない気候だったので、体調管理には安心だった。
まず着いてからは、日本会議の皆さん(平均年齢70歳以上?のおじ様?おじいちゃま?)方と一緒にバスに乗り、ホテルへ直行!休憩!かと思いきや、ホテルのラウンジで新聞記者の方々が記者会見で待っているとか・・・
まず着いたホテルが、ニッケイパレスホテル。サンパオロの東洋人街のど真中にあり、周りは日本語の看板だらけ。働いている従業員も日本人が多く、フロントでは当たり前のように日本語が使える。何て便利なホテルだろう。
そこで待っていたのはニッケイ新聞(日経新聞ではない)の新米記者さん。長旅で廻らない頭をフル稼動して、もっともらしい事を言おうとしても、出てくる言葉はシドロモドロ。なんとか終了して、部屋に入り数分間の仮眠後、すぐに日系開拓者慰霊碑に参拝。そこで「君が代」と「海行かば」を歌った。
そもそもブラジルには100年前笠戸丸という船で、ブラジルに夢を求め、そして国の政策で豊富な土地を与えられるとの事で、多くの日本人がブラジルに渡った。しかし何ヶ月もかけてたどり着いたその場所は、全く農作物も育てられないようなジャングルだった、その土地を日本人が開拓し、大きな犠牲と共に、今、日系人150万人以上といわれるブラジルにおける日本社会を作り上げたのである。
その慰霊碑があるサン・パウロのイビラプエラ公園には、日光浴をしに多くのブラジル人が、遊びに来ていた。その多くのブラジル人が立ち止まる中、日本語の歌を堂々と歌ってきた経験は、ちょっと誇りに思えた。
その後は、夕食会兼歓迎会。そこでもSちゃん(これからのH・S氏の呼び名)と僕と、一曲ずつ歌うことになったが、あまりの疲労に何を自分が歌っているのか記憶が無い、なぜならばほぼ40時間まともに寝ていないのだら・・・しかしその時は、誰と名刺交換をしているのか全く分からなかったが、今、写真を見て思うと、ここに来て下さった皆様全員にお世話になったんだな〜。その時は、誰が誰だかわからなくてごめんなさい・・・
歓迎会
ようやく夜10時頃(日本時間朝10時)就寝。
そういえば、歓迎会の前にコンサートの伴奏合わせもやったんだ!ホテルの最上階のラウンジのピアノで合わせをやったのだけど、そこからのサンパオロの景色をお見せして、日記その1をひとまず締めます。
ホテルからの景色おわり


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